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今日は、江東区公立中学校の卒業式でした。
私は毎年、東陽中学校の卒業式に来賓として参列させていただいていますが、今年も。式はとても素晴らしく、生徒一人ひとりの卒業証書授与を見ながら、胸がじんわりと熱くなりました。
男子生徒のズボンの裾を見て、『こんなに大きくなったんだねぇ』と、成長をしみじみ感じる場面もありました。
そして何より、日々子どもたちを一番近くで支えてこられたご家族の想いに思いを馳せ、胸がいっぱいになりました。
改めて、卒業生の皆さま、そして保護者の皆さま、本当におめでとうございます。
さて、東陽中学校といえば、私は学校の雰囲気はもちろん、校長先生をはじめ教職員の皆さま、PTAの皆さま、そして地域の方々まで含めて大好きなのですが、特に『校歌』が好きです。
東陽中学校の校歌は、詩人・宮澤章二さんによるものです。
宮澤さんは教員経験を経て、詩や歌詞の創作に専念された方で、関東を中心に約300校もの校歌に関わられました。
また、ACジャパンのコマーシャル『こころは見えないけれど、こころづかいは見える』という言葉で知られる詩『行為の意味』でも有名です。
東陽の土地の風景や、これから羽ばたく生徒たちへの期待が込められた校歌を聴くたびに、『やはり言葉には人を育てる力がある』と感じます。
そんな卒業式や学校関係に関わる中で、毎回ふと感じることがあります。
それは、最近よく耳にする『自分らしく生きる』という言葉についての違和感です。
もちろん、多様性を尊重するという流れの中では、とても大切な考え方だと思います。
ただ、もし自分が学生だったら・・・正直、少ししんどく感じるのではないかと思うのです。
そこで今日は、『自分らしさとは何か』について、私なりの考えを書いてみたいと思います。
あくまで一つの考えとして、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
では、行ってみよー☆
【自分らしさとは】
まず、『自分らしさ』とは何でしょうか。
一般的には、『他者にとらわれず、自分の価値観や性格を尊重している状態』と言われています。
また、自分らしさは『生まれ持った資質(ハード)』と『経験や知識(ソフト)』、そして『今置かれている状況』の掛け合わせによって形づくられるとも言われています。
つまり、自分らしさとは固定されたものではなく、日々の経験の中で少しずつ育まれ、変化していくものということですね。
【小さな違和感】
ここで、私が感じている違和感の正体があります。
それは、まだ人生経験の少ない子どもたちに対して、『自分らしくあれ』と求めることの厳しさです。
中学生が、自分の価値観や性格を明確に言語化することは、決して簡単なことではありません。
実際、私自身、今年50歳を迎える今なお「自分ってこういう人間だったのか」と驚くことがあります。
そう考えると、未成年のうちから「これが私のらしさです」と言い切ることを求めるのは、少し早いのではないかと感じるのです。
むしろ、子どもたちに必要なのは、まず『周りを見る力』であり『社会を観察する力』ではないでしょうか。
日常を大切に過ごし、身近な人の優しさに気づいたり、素敵だと思う人の行動を観察したり、時には真似してみたりする。
そうした積み重ねの中で、『自分はこれが好きだな』『これは違うな』と感じる瞬間が生まれ、少しずつ自分の価値観が形づくられていきます。
言い換えれば、未成年のうちは『自分を探す』よりも、『社会をよく見る』ことが大切なのではないかと思うのです。
【ゆっくりでいい】
数学者の岡潔さんは、こんな言葉を残しています。
すべて成熟は、早すぎるよりも遅すぎる方がよい。
これが教育というものの根本原則である。
人生が80年、100年と続くのであれば、最初の20年くらいは、焦らず、ゆっくりと伸びていく時間であってもいいのではないでしょうか。
こども達の可能性を信じて、あたたかく見守っていきたい。
そんなことを改めて感じた一日でした。
皆さまは、自分らしさについて、どのように考えますか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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