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先週末は私事でバタバタだったワタクシですが、次男のハプニングにも負けず(?)長女の卒業式答辞を転送してもらいました!
・・・と言っても、日常生活においては本当にポンコツなワタクシはまたしてもうっかり忘れそうになり、長男から『〇〇の答辞、(尺が長く)メールで送れないからここで送るね』と言われて慌ててお願いしたのですが。
聴いてみると、長女の名前を呼ばれたあたりから(多分絶対夫のであろう)鼻をすする音が段々うるさく大きくなり、長女の話しよりも夫が鼻をすする姿に気を取られ、なんだかなぁと思った次第です。
とにもかくにも、先週からの学校絡みの話題が多かったため、今日は『これからの時代に必要だと思うスキル』について書いてみます。
とはいえ、私の個人的な考えなため、ブログを読まれた方は、ぜひ皆さまの考えるスキルをワタクシまで教えてください(大抵役所におりますので!)。
では、行ってみよー☆
※今日は思考がとっ散らかってしまい、本当にまとまりのない文章になってしまったため、お時間のある方のみお読みいただけたら幸いです。
【人間にしかできないこと☆】
今の時代に教育に必要なものは何かと聞かれたら、ワタクシは『観察する力』と『(答えのない問いを)考え続ける力』と『胆力』だと思っています。
多分恐らくですが、現在教育で学んでいる、いわゆる『覚える力』というのは今後AIが担っていくということは、どこでも言われていることと思いますが、これからのテクノロジーと人間の付き合いを考えたとき、私は役割分担が重要になると感じているんですよね。
そんなわけで、『じゃあ、逆にAIができないことは何だろう?』と考えたとき、ChatGPTに聞いたらこんな回答が返ってきました。
【AIが人間に絶対に勝てない能力 TOP10】
① 意味の理解(体験ベースの理解)
理由:AIは「言葉の関係」を理解しているだけだから。
② 動機(なぜやるのか)
理由:AIは目的を自分で作れない。人間は、好奇心、欲望、理想などで動く。
③ 責任ある判断
理由:社会は「誰が責任を取るか」で成り立っているが、AIは責任主体になれない。
④ 倫理判断
理由:倫理は文化・歴史・価値観に依存するが、AIはそれを体験していない。
⑤ 本当の創造性
理由:AIは基本的に既存知識の組み合わせであるが、人間の革命的発見は概念の破壊から生まれる。
⑥ 人間関係
理由:信頼・愛・裏切りなどは経験の積み重ねで理解される。
⑦ 価値を決める
理由:AIは「何が重要か」を決められない。
⑧ 不完全な情報での決断
理由:人間は「よくわからないけど決める」という意思決定を日常的に行う。
⑨ 身体知
理由:スポーツ、手作業や職人技は身体経験に依存する。
⑩ 人生経験
理由:AIには、成長、老い、失敗、後悔がない。
これをお読みいただけたらご理解いただけると思いますが、AIはいわゆる知能の増幅装置としては秀逸ですが、人間のような新たな何かを生み出したり不確定要素方向を決めることはできないとされています(人間関係については、AIに感情はないものの人間に忖度した回答はうまいため、目の前の人をご機嫌にさせるのはうまいと思いますが)。
・・・で、これを教育にどう落とし込むかという話なのですが、私は『観察力を育むこと』が良い気がしています。
そして、同時に行き過ぎた学歴社会を見直し、義務教育や高校卒業した人が専門性の高い分野に就業し修行することも是とする社会変革が必要だと感じているんですね(あえて手に職を持つというか、技術者を育てるというか)。
【すべては観察から】
皆さまは『守破離』という言葉をご存じでしょうか?
これは、日本の武道や茶道、芸術などでよく使われる学び方の考え方で、とてもシンプルに言うと、『人が何かを上達していくときの3つの段階』を表しています。
守:型(お手本)を守る段階
この段階では、「なぜそうするのか」が完全に分からなくてもかまいません。
とにかく基本を繰り返して体に覚えさせることが大切です。
破:型を破る段階
この段階では、基本を理解したうえで自分なりのやり方を試し始める段階です。
離:型から離れる段階
この段階では、もう型を意識しなくても自然に動けます。
基本は体に完全に染み込んでいるので、状況に合わせて自由に動けるようになるというか、型を完全に身につけた結果、自由に動ける状態と言えます。
つまり守破離は、上手くなる人の成長の順番を表している考え方なのですが、私自身、学生時代の部活や専門職として技術を磨くうえで、『守破離』はとても意識して過ごしていました。
で!ですね。
たまたま私は専門職としての生活が長かったため守破離を例に挙げましたが、この守破離で一番最初にすることは『観察』なんです。
そして、(この守破離は『技能習得のプロセス』を説明する概念なのですが)この『観察する力』を養うことは、いわゆる技能習得だけではなく、先に挙げたAIが担えない部分の、意味の理解(体験ベースの理解)、責任ある判断、本当の創造性、人間関係、価値を決める、不完全な情報での決断、身体知を育むことに繋がり、結果、人生経験が豊かになると思うんですよね。
同時に、良く『雑巾かけ時代』なんて表現されますが、これは技術を学ぶ前に行われていた修行の一つですが、これは、“早く学びたい”という意欲を最大限引き出すために取られていたのですが、これも、主体性を引き出すという意味では、とても良い仕掛けだと思います。
ちなみに、数学者の岡潔さんは、『観察を通じて情緒を養う』大切さを説いており、私はこの考え方に賛同しています(ここで書くと長くなるため割愛しますが、いつか岡先生の考えをまとめて書きたい)。
よく、“これから求められるスキルは問いを立てる力だ!”とか言われることも多々ありますが、問いを立てるにも、まずは対象を観察して違和感を感じること、いわゆる常識と言われる前提に疑問を持つことなどが言われていますが、全ては『観察』から始まるし、これを育むためには就学前幼児の好奇心を邪魔しないことなような気がしています。
そんなことをごちゃごちゃ考えていたら、そもそも、これからの時代に必要なスキルを棚卸し、その上で、何歳でどんなスキルを伸ばせばよいのかを考え直し、教育カリキュラムに落とし込むことが大切なんじゃないかな、という結論に落ち着きました。
皆さまは、これからの教育について、どのように感じますか?
最後までお読みいただきありがとうございました。

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