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今日は祝日ということを失念しており、いつも通り役所に登庁してしまいました(役所に着いて自転車がないことで気づいた)。
ぼんやりしていたとはいえ、なんか損した気分です(いや、別に損じゃない)。
そんなわけで、本来は祝日なためブログは更新しないのですが、せっかく外に出たので近くの喫茶店にいること、建国記念の日とのことで、改めて日本という国を振り返り、同時に“日本の強み”について考え、これからどのようにすればよいかを妄想レベルで書いてみたいと思います。
今日は完全に一人語りになる気がするので、お時間のある方にお読みいただけたら幸いです(好き勝手書きますが、今回だけは批判は受け付けません)。
では、行ってみよー☆
【建国記念の日って?】
建国記念の日については、こちらのサイトがとても分かりやすく解説していますが、簡単に要約するとこんな感じです。
◾️建国記念の日の由来
この名称には、「建国された日」そのものを特定するのではなく、「建国されたという事実を記念する日」という意味合いが込められています。
そのため、「記念日」と言い切ることを避け、「記念の日」とすることで、歴史的な議論に配慮しつつ、国民が建国をしのび、国を愛する心を養う日として位置づけられています。
建国記念の日の起源は、明治時代に制定された祝日「紀元節(きげんせつ)」にあります。
紀元節は、日本最古の歴史書『日本書紀』に記された、初代天皇・神武天皇が即位したとされる日に基づいています。この日付を現代の暦に換算すると、紀元前660年2月11日となるという根拠に基づき、1873年(明治6年)に2月11日が「紀元節」として祝日に定められました。
その後、第二次世界大戦後にGHQの占領政策により紀元節は廃止されましたが復活を求める声が高まり、国会での議論を経て、1966年(昭和41年)に「建国記念の日」として再び2月11日が国民の祝日に制定されました(適用は昭和42年から)。
このように、建国記念の日は『建国をしのび、国を愛する心を養う』ことを目的とした記念の日なんです。
日本という国が誕生した『こと』を記念し祝う日であり、特定の建国日を定めるのではなく、国の成り立ちそのものを祝うという意義があります。
また、日本の歴史や文化を振り返ることで、自国への誇りや愛情を育む機会として位置づけられています。
皆さまは、改めて今日は日本の歴史や文化を振り返ったりされていますか?
【日本の好きなところ】
せっかくなので、普段は発信しませんが私が感じている『日本の好きなところ』を書かせてください。
私自身、学生の頃は勉強というものをさっぱりしなかったため受験という意味での日本史は弱いのですが、文化や伝統などには興味があり、オタク気質を発揮しながらいろいろと調べたりしていました。
そんな偏った知識ではありますが、私が日本の一番好きなところは『全体的にアバウトで余白を大切にする』という部分です。
さぁ、ここから語りだしますよ(笑)!!!
※最初に書いておきますが、私の『日本好き』の理由は非常に不純というか独特なため、お互いの心の安寧のため、いわゆる愛国心で満ち溢れている方は読まないでください(しつこいけど、今日だけは反論は受け付けません)。
最初に結論から書いてしまいましたが、私は日本という国の根底に流れる「余白のある風土」に深い魅力を感じています。
日本の成り立ちは、革命によって断絶的に生まれた国家というよりも、長い時間のなかで徐々に形づくられてきた存在です。
そもそも日本列島創成の最初の島については『古事記(712年)』で書かれているのですが、イザナギとイザナミが『この漂っている国を固めよ』と命じられ、矛をぐるぐるとかき回した結果、先端から滴り落ちた潮が固まり『おのごろ島』ができたというもの。
すごいですよね。
1億人をゆうに超える人口が集まるこの国の始まりは『なんか矛でぐるぐるかき混ぜたらできちゃった』という『本当かよ!?』感満載の記述です。
そのほかにも、建国の瞬間が明確に定義されているわけでもなく、唯一絶対の宗教があるわけでもない。
神道は八百万の神を受け入れ、異質なものを排除するよりも包み込む寛容さを持つ(自然そのものもを重んじ尊ぶ)。
国家そのものすら「誰が設計したのか分からない」曖昧さを残しています。
明治時代につくられたとされる国歌も、歌詞は平安時代の和歌(古今和歌集)から使用していますが、作者個人不明です(作曲は複数人で作成したらしい)。
全体的にふわっとしており、とにかく寛容!!!
この寛容さが、いわゆる『オタク文化』や『秀逸な替え歌文化(辛ささえも笑いに浄化してしまう風土)』を筆頭に(多分な妄想を含みながら)自由な発想さを育んできたと思っています。
そういえば、この寛容さについて私がとてもびっくりして印象に残っている、中学生の日本史授業で先生からこんな話を聞いた話を思い出しました。
日本には神道があり、八百万もの神様がいると言われています。
だから、諸外国で戦争にまで発展する宗教についても、“まぁ、今更一つくらい増えてもいいよね”的感覚で受け入れることができたんですね。
その後、秀吉が人身売買していることを知りバテレン追放令を出したと言われていますが、こんな緩い国は・・・いいですよね。
※念のため書くと、秀吉が追放した理由は統治を乱されることを予測したからと言われており、そのあたりも先生はきちんと説明してくださっていました。
ざっくりこんな感じの解説だった気がします(なんか先生もふわっとして面白かったです)。
この話しをきっかけにバテレン追放令だけは覚えたのに、試験には1ミクロンも役に立たず『なんだよ!』と思ったことを覚えています。
あと、これは余談になりますが、日本は世界が戦争になるほど盲信している宗教について、多神教的寛容さを持つ一方で、しかし政治秩序を乱すものは排除する(宗教よりも『統治の安定』を優先する)特徴があると私は感じています。
つまり、日本という国は、『なんでも受け入れる国』ではなく、『秩序を壊さない範囲で包摂する国』という理解が正確かもしれません。
私の好きな『余白』が存在する一方で、同時に『危険と判断すればかなり徹底的に排除する』という両面をこの日本は持っています。
ここ最近、なんか一部の方々が外国人に対して厳しい意見で発信したり対外国人のルール作りが主張されているのは、このあたりの気質があるのではないかと、勝手に想像しています。
そして、この“柔らかさと強さの二面性”こそ、日本の本質かもしれないと私は勝手に解釈し、『日本好きだわぁ~』と思ってしまうのです。
それでも、この国には不思議な団結力と連帯感があります。
私はその柔らかなつながりこそ、日本の本質だと感じるのです。
【ふわっと決まる!?】
そんな私がとりわけ心を惹かれるのが、日本独特の合意形成のあり方です。
江戸時代の村落における寄合では、多くの場合、多数決ではなく全員一致が原則とされていました。
意見が対立しても、誰かを切り捨てて決めるのではなく、全員が納得するまで話し合いを重ねたと言われています。
酒を酌み交わし、時には夜を徹して議論し、反対者には事前に根回しを行い『まぁまぁ』と間を取り持つ。
そこには、勝ち負けではなく、関係を壊さないことを最優先する姿勢があります。
効率だけを考えれば、多数決の方が早いでしょう。
しかし日本の合意形成は、時間をかけてでも共同体の調和を守ろうとします。
決定そのものよりも、「決まり方」を大切にする文化と言ってもよいですね。
対立を力で押さえ込むのではなく、余白を残しながら歩み寄る。
その積み重ねが、人と人との見えない絆を強くしてきたのではないか。
私は、この曖昧さや遠回りを含んだ合意の作法に、日本の美しさを見ています。
明確な輪郭を持たないからこそ、多様な価値観を包み込み、長い歴史のなかで連続してきた国。
責任の所在が不明瞭になりがちとか批判的な意見もあるでしょうが、私はあえて、その静かな強さをこれからの時代にも大切にしていきたいと思うんですよね。
【はっきりしないからこそ美しい日本の良さ】
だいぶいい気分で好き勝手書いてきたため、なんだか言いたいことがぼやけてしまったように感じるため、日本の特徴について今一度整理します。
割愛した部分も含めて書き出してみますね。
① 日本は「誰が作ったか分からないもの」が多い国
日本の文化を見ていると、分からないことが多い。
神道を作った人 → わからない、日本という国を最初に作った人 → はっきりしない、昔からの作法や習慣 → いつの間にかあった、昔話(桃太郎など) → 作者不明。
でも、日本ではそれが欠点ではなく、むしろ良さとして残ってきたんですね。
② 「余白(よはく)」を大切にする考え方
余白というのは、すべてを説明しきらない、はっきり決めきらない、あいまいな部分を残すということ。
日本文化は、この「間」や「余白」をとても大事にしてきました。
③ 神道にある「余白の美しさ」
神道には、次のような特徴がある。
教えの本がない、こうしなさいというルールが少ない、神さまの正体もはっきり決まっていない。
つまり、「こう考えなさい!」と強く言わない宗教なんです。
これは、人それぞれの感じ方を大切にする、時代や場所で少しずつ変わっていい、という考え方につながっています。
だから神道は、何千年もかけて、自然に日本人の生活に溶けこんできたと言えます。
④ 日本は「正解が一つじゃない」国
日本では、『空気を読む、場合による、みんなで決めよう、はっきり言わなくても分かる』なんて言葉をよく聞きます。
これは裏を返すと、『正解は一つじゃなくていい』『その場に合っていればいい』という考え方。
たとえば、友だちが落ちこんでいるときは、正しい言葉よりそばにいることが大事なこともあるなどのように、日本は、正しさより調和を大切にしてきた国なんだ。
⑤ 「みんなで作ってきた」日本という国
日本国家も、実はとても不思議です。
建国の日はあるけど作った人はいない、王様が強く支配した時代もあったけど文化は庶民から生まれた(祭り、方言、食べ物、年中行事など)というように、普通の人たちが、少しずつ文化を作ってきました。
だから日本文化には『みんなのもの』という感覚が強くあり、これは日本の強みだと感じています。
⑥ 日本人は「自然と対立しない」
日本の良さの一つに、自然との関係がります。
山を切りすぎない、川を神さまとして大切にする、四季を楽しむ、などなど。
日本にとって自然は、たたかう相手や支配するものではなく『一緒に生きる存在』として考えられてきた。
だから、桜を見て感動する、雨の音を楽しむ、雪をきれいだと思うなど、そんな感性が育ちました。
⑦ 「弱さ」をかくさない文化
日本には、完ぺきじゃなくていい、こわれても直せばいい、という考え方があります(金継ぎ(割れた器を金で直す)、わび・さび(古さや不完全さの美しさ)などが代表的ですね)。
これは、『失敗や傷もその人や物の一部』と考える文化です。
世界には、強い人がえらい、勝った人が正しいという考えの国も多いけれど、日本はちがう道を選んできたわけです。
⑧ 言葉にしすぎない「やさしさ」
日本人は、『察する、空気を感じる、黙って行動する』など、気持ちを言葉にしないことが多いです。
たとえば、何も言わずにお茶を出す、声をかけずにそっと席をゆずるなど、相手を慮る行動が美徳とされています。
これは冷たいのではなく、相手の気持ちを考えすぎるくらい考えるやさしさでもあり、私はそれを美しいと感じています。
【結論】日本の「曖昧さ」は弱点じゃない
よく、『日本人ははっきりしない』とか『意見を言わない』と言われることがあります。
でも実はそれは、『決めつけない』『相手の考えが変わる余地を残す』という、共に生きるためのすごく高度な態度でもあるんです。
すぐに白黒つけないからこそ、ケンカになりにくい、いろんな人が一緒に生きられる。
今は分断が進む世界だからこそ、決めすぎない、断ち切らない話せる余地を残す、というこの日本的な感覚は、『すべての人が概ねご機嫌に生きる社会』への、とても現実的な道だと感じています。
そして、私はそんな文化を持っている日本をとてもありがたいことだと感じるとともに、日本人でよかったなぁと感じるわけです。
皆さまはいかがですか?
【海外から見た日本】
・・・と、ここまで私が好きと感じる日本の特徴を書いてきましたが、世界というのは様々な国があり、その方々の視点も重要になります(どう見られているかの視点)。
そこで、諸外国から日本を見たときに持たれる感想やイメージを書き出してみますね(日本の強みの部分にフォーカスして書きます)。
◆礼儀正しくて、マナーがいい国(電車で静か、列にちゃんと並ぶ、落とし物が返ってくる、などは本当によく驚かれる)
◆安全で、治安がとても良い(夜に一人で歩ける、子どもだけで通学している、という点はかなり特別に見られている)
◆空気を読む・察する文化がある(言葉にしなくても気持ちを汲む、は長所にも短所にも見られる)
◆伝統と現代が同時に存在している(神社と高層ビル、着物とアニメ、刀とロボット、という同居感はかなりユニーク)
◆はっきり主張しない、穏やかな国民性(議論で声を荒げない、対立を避ける、という点は「不思議」「大人っぽい」と見られることも)
◆集団を大切にする社会(個人よりも全体の調和を重んじる姿勢は、安心感がある一方で窮屈そうにも映る)
◆仕事熱心・まじめすぎる(勤勉さは尊敬されるが、「無理しすぎ」「休まなさすぎ」と心配されることも多い)
◆食文化が豊かで、繊細(寿司、和食、出汁、見た目の美しさなどは「芸術」と言われることもある)
◆自然を大切にし、季節感が強い(桜、紅葉、四季の行事を大切にする感覚は、とても日本らしいと映る)
◆よく分からないけど、独特で魅力的(宗教観、価値観、考え方が一言で説明できず、「説明できないけど惹かれる国」と思われがち)
etc.
これ、読んでいただいたら理解いただけると思うのですが、総じて、いわゆる外国人から見た日本の評価って『はっきりしていないのに、なぜか成り立っている国』という不思議さが出ています。
強く主張しない、宗教を名乗らない、正解を決めすぎない。
それでも社会が回っていること自体が、日本の最大の特徴として映っているように私は理解しています。
【これらを踏まえて未来を考える】
ここまで、改めて日本の文化というものを振り返りましたが、ここからは、それらの文化や風土を踏まえて、どのように私たちは生活すれば『おおむねご機嫌に過ごせるか』、そのために行政は何ができるかについて書きます。
今更の話になりますが、加藤リサーチによると区民の方々の大半は『毎日をおおむねご機嫌に過ごしたい』だと理解しています。
社会は競争を煽ったり資産形成有無など不安を煽ったりしておりしていますが、とはいえ、総じて国民の希望としてはこんな感じだと理解しています。
心に少しの余裕を持ちながら
日々を穏やかに過ごせ、
自分だけでなく周囲も含めて
おおむねご機嫌に過ごせる日々を送りたい。
だとしたら、これからの政治や行政は、対立を煽るではなく、強い意見に引きずられるでもなく、過去の文化や風習を最大限生かし今一度『対話の機会を持つ』ことだと私は感じているのですよね。
そして、この『対話を通じて相互理解を深め、落としどころを決めながら区政に反映していく』というのは、区民とのワークショップを積極的に行ったり様々な会合にも積極的に顔を出してくれる現区長の大久保区長と非常に相性が良いと感じており、そこに、これからの江東区政の希望を感じています(これはおべんちゃらではありません・・・ってか、私自身は区長と直接話したことはほとんどありません)。
区長や区政においては色々な評価があるでしょうが、私は江東区はおおむね区民の声(声の大きい人ではなく調査によって出た声)を最大限尊重して区政運営をしていると感じています。
軸が区民の最大幸福であり、そのための手段にはあえてか強い拘りを持たないからこそ、柔軟に多様な声を聞き入れられるというか。
これは大久保区長の魅力であり強みです。
その上で・・・その頑張りを区民の満足度につなげていくためにの提案ですが、結論から書くと、私は『正しさよりも楽しさを語る場をどれだけ創れるか』が肝になると感じています。
『対話機会の創出をいかに進めるか』ですね。
今の江東区は積極的にデータを公開し、同時にワークショップを積極的に開催しています。
が、リアルで参加できるのは平日日中時間のある方が対象となることが多く、『ちょっと思ったんだけど』の声を拾う環境整備まではできていません。
これができるようになると、もっと区政は良くなるのではないかと感じています。
いわゆる『日々まじめに生きている静かな人の声をどれだけ拾える環境を創るか』ですね。
これについては、現状では区長への手紙などがありますが、もっとパブリックコメントを積極的に進めることも有効な手段だと感じています。
従来のパブリックコメントは、何らかの計画があり、それに対して区民の方々から意見を募集するという形ですが、それだと『基となる計画を読み込まなくてはけない』というハードルが生じます。
これは、時間に追われている現代人には高いハードルなんです(どの計画も軽く100ページはありますからね)。
これ、何とかもっと気軽に意見を発信できる場を構築できないかなぁと思うわけです(無責任ではなく、日々に余裕のないほど頑張っている方でも意見できる環境整備)。
たとえば、あえて計画とかは掲載せずに『〇〇についての意見を聞かせてください』など定期的にテーマを決めて区報に意見募集を掲載し、回答先をQRコードで誘導するとか。
リアルの場だけではなくて、声を出しにくい方々も声を出せる環境を創るとか、今の時代の恩恵であるテクノロジーを上手に活用して区民の意見を広く募り区政に活かすというか(パブコメや現況調査などはネット調査も行っていますが、それを広げる感じ)。
募った意見は人の手で集計するのではなくAIである程度集約して、個人の損得ではなく区民全体の最適解をコメントした意見を採択していくとか、いろいろとやりようはあると思うんですよね。
『三人寄れば文殊の知恵』とはよく言われる言葉ですが、三人どころか54万人を超える人がいる江東区だからこそ、『どのように広く声を拾える環境を創ることができるか』が肝になっていると感じています。
同時に重要だと思っているのが、『相互理解と信頼感の醸成』だと感じています。
私自身、区議会議員に押し上げていただき実感したのですが、区民の方々が思っている100倍以上、江東区職員の方々は区民の最大幸福を追求しています。
行政(事業執行)という立場上、ある程度ルールに則って行動するのは当たり前ですが、(私の知る限り)どの所管課長も『どうしたらもっと区民の方々が満足する事業を執行できるか』を考えており、それらの課長と話をすると『所管職員が本当に尽力してくれるから助かっている』という声をよく聞きます。
つまり、行政間の信頼関係は構築されており、区長を筆頭に行政は『区民の笑顔を創るために何ができるか?』を考えているからこそ、区民の方々にもその想いを理解していただきたいと思うと同時に、それを伝えるのは区民の代表である区議会議員の役割だと思っています。
とはいえ、区議会議員に連絡できる区民の方々は多くないと思います。
だからこそ、区議会議員は行政の頑張りを積極的に発信し、区民の方々は行政を信頼し意見を発信できる仕組みを創る。
これが、これからの江東区には重要だと感じています。
【おわりに】
いやぁ、長々と思う存分日本好きを書いてしまいました(今回はタイトルからして長かったですね)。
同時に、好きなことを書くと文字数がとんでもなく嵩むといういうことを改めて理解すると共に、『このブログは誰も読んでいないだろうしいっか』と健忘録と化している状況をちょっとだけ反省しました。
そして、超長文になってしまいましたが、だらだらと書く中で、私はこういうおもしろい日本をこれからも大切にしたいと思っていて、区政に反映する提案をしていくことを心に決めたことを報告します。
ここまで読んでくださった方々には感謝しかありません。
最後に、長くなりついでに、以前ブログでも取り上げた魚豊さんの書いた漫画『チ。』のあるセリフを転記します。
私は、この言葉にこそ日本人らしさが表れていると感じています。
この世にはさまざまな人がいる。
正直者も、嘘つきも、情けない奴も、勇敢な奴も。
さらに驚きなのが、一人の人間にそのすべての要素が入っていることもあるし、それらが日々変化したりもする。
こんなに大勢いるのに、誰一人同じ人はいない。
そりゃあ、争いは絶えないでしょう。
でも・・・だけどです。
過去や未来、長い時間を隔てた彼らからみれば、今いる僕らはしょせん、皆押しなべて『十五世紀の人』だ。
僕らは気づいたらこの時代にいた。
別の時代でもよかったのにこの時代だった。
それはただの偶然に過ぎないけど、奇跡的であり運命的なことだ。
僕は同じ思想に生まれるよりも、同じ時代に生まれることの方がよっぽど近いと思う。
だから、絶対そんなわけないと思いつつも、感情と理屈に拒絶されようともこう信じたい。
今、たまたまここに生きた全員は、たとえ殺しあうほど憎んでも、同じ時代を創った仲間な気がする。
漫画『チ。』第8巻より
最後までお読みいただきありがとうございました。
たくさんの感謝を込めて!

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